『沈黙の王』宮城谷昌光

沈黙の王 (文春文庫)
沈黙の王 (文春文庫)
文藝春秋 1995-12
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短編集
「沈黙の王」
古代中国で初めて文字を創造した商(殷)の高宗武丁の物語。
言葉を話せなかった彼が旅に出て代弁者を得て即位するまでを描いている。
どうも作品が地に足をつけていない感じである。
描写が今ひとつぱっとしないのがその遠因ではないか。
文字を作るところがメインではないのも残念だった。
「地中の火」
中国で最初に弓矢を作り名手であった后げいの側近寒そくの生涯。
一旦夏王朝を滅ぼして王朝を立てるまでの権謀術数のすさまじさが白眉。
彼を愛した純狐の鮮やかさはなんであろう。
ほとんど出番がないにもかかわらずキャラが立っていて伝わってくるのは素晴らしい。
物語としてはまあまあ。
可もなくといった感じ。
「妖異記」
西周王朝末を一人の史官を主人公に描いている。
笑わない后褒じに関する怪しい伝説を同時代に生きる史官が読むという物語。
文献を読んでいると出くわす矛盾した記述を上手く物語の中に取り入れたと言える。
宮城谷はそういった矛盾に対して激しく格闘したに違いなく、その格闘をそのまま吐露するのではなく、
消化し作品の肝としてしまうところはなかなか味がある。
もう少しその味を引っ張っても良かったとは思うが。
史官の心情が鮮やかに描かれていて興味深い
作品としてはまあまあ。
「豊饒の門」
春秋の鄭国の始祖掘突とその父の物語。
掘突が父を殺した相手に頭を下げに行き周王朝を再興するのだが、
そこまでの葛藤がこの話の一つの骨組みとなる。
そのあとも掘突は謙譲の精神を忘れずついに鄭を建てるという話なのだが。
もっとおもしろくなったかもしれないとは思う。
可もなく不可もなく。
鳳凰の冠」
春秋一の美女、夏姫の娘をもらう晋の名臣叔向を描いた物語。
この短編集のなかで一番面白いのはこれだろう。
彼の母が死ぬまで悪態を吐いてのろい続けるのがはなかなかのもの。
夫婦の愛情の細やかさも忘れてはなるまい。
宮城谷はやはり女性を丁寧に描くのがよい。
人臣に翻弄され最後に夫婦とも兄弟をみな無くしてしまうのは切ないところである。
最後に始めに叔向が市場で見かけた人が誰だったかがかすかに明かされるのだが、
それもこの作品に彩りを添えている。
これは佳作といえよう。

2005.12.21 記