『武家女夫録』安西篤子
武家女夫録 (講談社文庫) | |
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「夏萩」
大して愛情を注げなかった妻が不義をはたらくのに気付くという話。 主人公の心の揺れが綿密に描かれている。 ラストの持って行き方は秀逸。 思い返してみるとこれと言って取り立てるようなストーリーではない。 しかし、流れるような自然な筆致で細大漏らさず描写していて読ませる力がある。 背景の説明も必要充分な量で留めてあるのではないだろうか。 分量も良く纏まっているとおもう。 もっともこのストーリーではこれ以上の長くはもたないが。 妻の出番が少なく結局その心が主人公の心理や背景からの想像でしか窺えず、 読者の想像出来る部分が少なかったのが惜しかったか。
「寒椿」
夫、妻、姑の三者がそれぞれ生き生きとしている。 ただし子を産んだ妾のことが今ひとつ伝わってこなかったのが手落ちであろう。 物語の作りや語りはうまい。 エピソードの折り込み方も参考になる。 この話は「夏萩」との連作とか。 比較するなら「夏萩」後半がよく、「寒椿」は前半がよかった。 人物をしかと見つめ無理なく語る部分はすばらしい。
「糸瓜」
ラストでそれまで闘っていた二人の女について何も語らなかったのはなるほどと参考になる。 ここで二人の戦いそのものは作者が語りたかったそのものではないと明確になる。 タイトルが浮いていると思う。 主人公の趣味だったのだが、それが何を暗示してるのか伝わらない。 何かを暗示しているとすればもう少し作中で語ってほしかった。 単に主人公の性格を語るだけのものにするには惜しいだろう。
「木槿」
すっかり騙された。 妻が幸せそうだっただけに。 しかし、このラストなら全てのピースが一致する。 全てが計算された話の展開であった。 てっきりラストでは殿に斬りかかるかと思ったが性格上それはできないのである。 その点でもよく考えられている。
「山査子」
不義をはたらいた使用人の女が主人公なのだが、 その相手が話を動かしていくためよく分からなかった。 ストーリーと呼べるほどの事件は起きないせいもあろう。 夫がしゃべらないのも一因かと思われる。 また不義の相手が一途すぎてその思考がよく分からないせいもあるかもしれない。 正直いまいちだった。
「臘梅」
主人公の相手のるりがほとんどしゃべらずにいるのが却ってわからなさをかき立ててよい。 そして実は兄嫁がという結末がまたよくできている。るりと兄嫁の対比がよく出来ていて、そのせいでこの短編集の中で珍しく涼やかな結末となっていると思う。 良い意味で騙された作品と言える。
「桔梗」
話がどんどん暗い方へ進んでいくのがおもしろい。 妻は実はよい心根だったのかもしれない。 結局回想だけで進んでいき、現在との絡みがないのが残念ではある。 もう少しさわやかに結末が結べたのではないだろうか。 「山査子」ほどではないがいまいちだったかもしれない。 妻の最期はもっと迫力がほしかった。
「山百合」
一つだけ少し違った肌触りの作品。 一つの事件を主軸に何人かの登場人物の視点でのこころが読める。 こういった作品ではどこか強引な展開があるものだが、自然に収まっているのがうまい。 本家筋の者や取り調べをした者までがそれぞれ自分の視点で判断をして行動をしているのが凄い。 ラストはうーむと唸った。なるほどそういう結末を付けるのかと素直に驚いた。
この短編集は江戸期の武家の夫婦のしがらみを細やかに描いてある。 主要な登場人物の生き生きとした描写は引き込まれるものがある。 しかし結末がどれも似たり寄ったりなのでこの短編集だけを通して読むと食傷気味になるだろう。 特に主人公の微妙な葛藤は見事に描ききっているが それで主人公が何か建設的なことをなして成功するということはないのでさわやかさは微塵もない。 主人公の性格がことごとく穏和なのもそれに拍車をかけている。 おもしろいし、うまい。そして一編一編を薦めても良いと思うが、この短編集を薦めるのは気が引ける。
2005.8.25 記