『ピュタゴラスの旅』酒見賢一

「そしてすべて目に見えないもの」
タイトルと前振りがうまい。 アイディア自体はそう目新しいものではないのだが、タイトルと前振りによってオリジナリティを出していると言える。 ラストも悪くはないのだが、やはりアイディア自体が陳腐なためどうも突き抜けない。
ピュタゴラスの旅」
ピタゴラスとその弟子テュウモスの関わりを通してピタゴラスを描いた作品。 クライマックスも結末もかなり面白かった。 難を言えば描写が不足している感あり。 説明は充分に成されていると思うのだが、 その一方でもう少し描写に力点が入ればもっとピタゴラスの悲しみに到達できたのではないか。 その意味で惜しい作品と言えるだろう。
「籤引き」
犯罪が起こると籤引きで犯罪者を決める村の話。 これは面白かった。 大人という言葉が非常にシニカルで見事。 通常の世界ではかなりの自覚ある大人として見られる主人公が未開の地の者に大人じゃないとこき下ろされる様は痛快。 結末は直ぐに読めてしまうのだが、それを補って余りある完成度だと思う。 登場人物が皆キャラがたっていて参考になる。
「虐待者たち」
見知らぬ者たちに虐待された飼い猫の復讐をする話。 ごくごく自然な感じで幻想世界に紛れ込んで再び現実世界に戻ってくるのが巧い。 軍刀を送ったおばあちゃんが凄いなあと思った。 どうやったらこういうキャラクターを思いつけるのだろうか。 猫婆も巧く立ち上がってくる。 結局復讐を直接的に表現しないのもまたよかった。 そのリアルな部分を出さないことで作品の雰囲気を作り、逆に恐ろしさを強調しているともとれる。 これも面白い作品だった。
エピクテトス
哲学者エピクテトスの生涯を描いた作品。 これがまたよくできている。 淡々とした筆致で奴隷が主人を弟子にする場面を描いたところなどは迫力があった。 無駄なく、淀みなく、力み無く展開していくのはやはり確かな力を示しているのであろう。 物語の最後の締めがまた面白かった。 確かに彼ならこう言うだろう。 主人公の立ち位置が一貫していてその意味でも安心して読める。 最後の皇帝との問答が今ひとつなのはご愛敬ということで。

この作者はあとがきがまた別の作品だと言えるほど面白い。 彼の小説が凝集なら、後書きは発散である。 話は節操なく飛び火していくのだがそのどれもが興味深い。 この作者のアイディアの源泉が垣間見える。

2005.7.25 記