『花あざ伝奇』安西篤子

「花あざ伝奇」
婉翁主とその乳母の息子との物語。 若き日々の初々しさと後年の権力闘争との対比が見事である。 この作者の一つの完成された作風ではある。 ラストは作者の語りがちょっとうるさい気がした。
「妲已伝」
殷の最後の王紂と妲己の物語を描いている。 紂と妲己双方を良くある愚鈍な王とあやかしの魔性の女としてではなく、 普通の人間として描いているのが特徴か。 妲己をあやかしの化身だとするのは民の噂話や周の武王発によっていい広められたとして描かれている。 まあそこまではよかったのだが。 短編で描く枚数が足りなかったのかもしれないが、人間の厚みが感じられない。 ちょっと感情移入できない。 もっと膨らませてから書かないともったいないなあ。
「仲父よ蜀におれ」
秦の始皇帝の母親と父親?との物語。 親子の情の微妙な所を描いている。 最後の始皇帝からの手紙が秀逸。 この手紙の書きぶりから自分が父親であるとしっているのではと悟る所など巧いと感じる。
烏孫公主」
烏孫に嫁した漢の姫の物語。 異境の習俗に慣れず郷里を思いながら病没する。 姫の哀切さは伝わってくるものの、人物がリアルではない。もう一歩だなあ。 どの部分も練り込みが足りなかったと思う。 情景描写の巧みさは挙げてもよいだろうか。
「朝焼け」
曹操の甥曹安民の最後。 曹操がどこまでが演技でどこが本心かわからない不思議な人物として描かれている。 その曹操に惹かれ尽くす曹安民が最後を迎えるわけだが、 ラストの曹操の言葉はえげつない。 別に大したことは言っていないのだけれども、曹安民の思いとの対比で見事なものに仕上がっている。 けっこう面白かった。
「甘露の変」
末唐の甘露の変を舞台に二人の卑しい身分の人物を作り上げて舞台の端を描いている。 当時の背景説明や宮刑の方法などについても詳しく解説してあり、変の主要人物の視点でも書いてあり、 いささか絞りきれなかった印象である。 二人の仮想人物もそれほど生き生きしているようにも見えず、他の人物に負けてしまっている。
「張少子の話」
直木賞受賞作。 情景描写の美しさ。それに尽きる。 そこに住む人々の生活が鮮やかに伝わってくる描き方は素晴らしい。 世界は中国っぽい世界を構築して描いているのだが設定不足かなあ。 ストーリーが今ひとつだと思う。 もうちょっと遊んでもよかったかも。 正直な感想はこれで直木賞かといった塩梅。 これら初期の作品群でレベル的には大したことはない。 もっと面白いものは他にあると思うのでこの本は特に薦めたいとは思わない。

2005.7.5 記