『洛陽の姉妹』安西篤子

この本は『異色中国短篇傑作大全』を読んだ中で飛び抜けて面白かった安西篤子の本を読もうと思って買った本。 古代中国を舞台にした短編が収められている。
「趙氏春秋」
春秋時代に覇を唱えた晋から独立した趙の興亡を描いた作品。 だが、全く同じ題材を扱った宮城谷昌光の『孟夏の太陽』を先に読んでしまったので明らかに見劣りがする。 比べると調べたことを調べたまま書いた印象で、あまり小説として楽しめなかった。 こちらの方を先に読んでいれば違った感想を抱いたかもしれない。
「胡服の王」
こちらも趙の話で、胡服騎射の武霊王が主人公である。 話自体は面白いし、武霊王の足下ががらがらと音を立てて崩れていく様は巧く描写してあると思うのだが、 いかんせん背景説明が多すぎる。 この枚数でこの話を描くにはもっと大胆に削らねばならなかったのではないだろうか。 あるいはもっと長編で書くか。 もったいないというのが正直な感想である。
「呂娥くの涙」
前漢劉邦に仕えた蕭何が主人公。 劉邦の妻呂娥くの陰謀に荷担していく蕭何を描いている。二人が昔相思相愛だったというエピソードや 夏侯嬰が呂娥くの子供たちを命がけで守ったことに対して蕭何が思うこと、 呂娥くが涙を流す場面、そしてラストの強い一文。 これはかなり完成度の高い作品である。次の「曹操曹丕」と競う面白さである。
曹操曹丕
『異色中国短篇傑作大全』に収められているのがこの作品。 主人公を曹丕に据えたのがまず慧眼。 さらに父曹操への反抗心を描き、自分は父に愛されては居ないのではという葛藤を描く。 しかし父が崩御し息子を見守る立場になってという話。 ラストの爽やかさはなかなか出会えないものがある。 最後の一行がまた味がある。 この一行を書くためにこの短編は書かれたのではないかと思えるほどだ。 構想、構成、心理描写、どれをとっても高い完成度を誇る。
一度は読んでほしい短編である。
「洛陽の姉妹」
三国時代の後の晋の政争を描いた作品。 太妃と正后の姉妹の姉の方を軸に話が進んでいく。 姉の母の生き様は素晴らしく、すがすがしい。後妻が膝をついて再拝するシーンは忘れられない。 結局妹がほとんど出番無しなのがおしかった。それから姉の旦那の斉王や息子が出てこないのももったいない。 もう少し長く書いてくれればとの思いは禁じ得ない。

2005.7.3 記